私の病名は双極性障害である物語

双極性障害と共に生きなけばならない日々を振り返りつつ、向き合って生きていく現状と精神病への未だに残る偏見について問題提起もしていけたらと思います。

小学2年生の頃~3年生の頃

2年生の頃はあまり覚えていない。

多分、ひたすら本を読んでいたんだと思う。

近所の人には、二宮金次郎みたいと言われ、あんまり嬉しいとは思わなかった。

だよね?あの頃、どこの小学校でも二宮金次郎の銅像は校庭の片隅に立っていた。

青銅製で、暗いイメージしかない。

私が3年になった時、ご飯給食が始まった。元々小食でパンですら、やっとのことだったのに、ご飯となると、尚更食べれない。

当時、給食は残してはいけないと言う教育方針だったから、地獄だった。

お昼の休憩時間が始まってもひたすら残りのご飯を見つつ、心の中でームリムリーと叫んでいた。同じ班の男の子は、おちんちんを出して、私のご飯の上に乗せた。

絶対無理!

でも、そのことを、先生には言えなかった。

あの残飯が、どうなったのか、覚えていないが食べてはいない。

私が、母にいじめのことを話すと、母が先生に伝えたらしい。

そして、あの日が来る。

学級会の1時間を割いて、「○○をどうしていじめるのか?」

と言うタイトルで話し合いが行われた。

目が大きい

痩せてる

不潔

声が小さい

本ばかり読んでる

食べるのが遅い

他にもあったと思うけど忘れた

先生が目が大きいのは○○のせいではない

痩せてるのもそうだ

不潔なのは、○○が努力すればいい

などと、説明し、かなりの同級生が納得したみたいだった。

それを機に私に対するいじめは終わった。